―京極夏彦―(きょうごくなつひこ、1963〜)


 作家であり、絵描きであり、デザイナーであり、脚本家であり、声優であり、妖怪研究家であり、という妖怪。「手が六本、眼が六つ、右脳左脳がそれぞれ三つずつ」とは綾辻さんの言。小説では、「京極ワールド」と呼ばれる妖怪時代もので一ジャンルを築いている。最早文庫とは思えない分厚さでファンを泣かせる。和服に白髪で、ダンディ。『後巷説百物語』(角川書店)で第130回直木賞受賞。

 この人の特徴は、とにかく分厚いこと。1000ページは序の口、文庫なのに一冊1000円以上掛かります(涙)また、独特の文体は、読めない漢字のオンパレード、PCじゃ変換できないものもざら。
 ただ、はまった人には面白くて堪らないでしょう。京極堂シリーズは2次大戦後、百物語は江戸時代を舞台にしていて、共に妖怪がわんさか。超日本的なミステリということで、他に類を見ない作風です。シリーズは、やはり順番に読んでおかないときついところも。


 2005年、デビュー作『姑獲鳥の夏』が映画化されます。主演堤真一。


姑獲鳥の夏
(うぶめのなつ)
講談社   “ 「この世にはね、
     不思議なことなど何一つないのだよ。関口君」
 ”

 京極堂シリーズ1作目。デビュー作。シリーズの中で、唯一分厚くは無い(決して薄くはない)一冊。
 3年もの間妊娠し続ける女、部屋から忽然と消えた男、記憶に執り付かれた主人公。探偵役である京極堂は、事件の真相解明ならぬ、妖怪の憑き物を落とすことが出来るのか。数多散りばめられた妖怪薀蓄と、独特の語り口は、ミステリの枠を超えて、一つのエンターテインメントとして完成しています。とりあえず京極作品を手に取りたい、という方には厚さも大したこと無いのでお勧め。


 追記:再読の結果、今までのどの京極作品よりも面白く、評価を変更しました。
魍魎の匣
(もうりょうのはこ
講談社 “ 「ほう、」と云った。ああ、生きてゐる。 ”

 京極堂シリーズ2作目。第49回日本推理作家協会賞授賞。文庫本で1000ページを超える。しかし序の口(泣)
 奇妙な小説、奇怪な建物、不可能な消失劇。その全てに絡む、匣、匣、匣。幻想的な語り口と、展開される謎は秀逸。思わず後ろを振り返りたくなる怖さを潜めています。僕は夢に見ました(笑)匣が。


狂骨の夢
(きょうこつのゆめ)
講談社 “ 騒騒、騒騒、騒騒、ざ、ざざ 

 京極堂シリーズ3作目。同じ人間を四度殺した女。海に浮かぶ黄金髑髏。それにしても、読めない漢字が多くて大変です。上の引用、読めますか
 面白いのですが、難はやや錯綜気味になってしまっていること。一気に読まないと、最後に混乱します。「トリックは良く分からなかったけど、なんだか面白かった」という感想になります(僕のように)。
 なお、
必ず事前に『魍魎の匣』を読んでおいてください若干のネタバレがあります。

鉄鼠の檻
(てっそのおり)
講談社 “ 「し――釈迦も弥勒も彼の下僕に過ぎない
   ――さあ云ってみろ――彼とは誰か――」 「ぼくだ」
 


 京極堂シリーズ4作目。記録に無い謎の寺、明慧寺、そこで続発する僧殺し。誰が、動機は?1400ページ(泣)
 この辺から、シリーズを読んでないと分からない部分が色々出てきます。この本は『姑獲鳥の夏』を先に読んでおくといいです。今までの作品と違って、微妙に怖さが無くなっています。それもこの作品の狙いのようですが。あと、禅の歴史に異様に詳しくなれます(笑)


絡新婦の理
(じょろうぐものことわり)
講談社 “ 「あなたが――蜘蛛だったのですね」 ”

 京極堂シリーズ第5作目。巷間を恐怖に陥れる目潰し魔、山中の女学校に跋扈する黒い聖母。一見関係の無い種々の事件の裏には、全ての事件を操るがごとく君臨する黒幕がいるのか。京極堂すら蜘蛛の糸の上で踊らされるというシステムとは?
 シリーズ出演者大集合、というようにワンサカワンサカ人が出てきます。シリーズを全て読んでおいた方がいいでしょう。それにしても圧巻は、最後の一行まで黒幕が不明ということ。導入でいきなり上記の台詞が登場し、シリーズ屈指の厚さながら、全くダレルことなく読みきれます。これはいい。傑作。

塗仏の宴
 宴の支度
(ぬりぼとけのうたげ)
講談社 “  ”

 
塗仏の宴
 宴の始末
(ぬりぼとけのうたげ)
講談社 “  ”

 
巷説百物語
(こうせつひゃくものがたり)
角川文庫 “ 「御行奉為――」 ”

 京極堂シリーズが妖怪の憑き物を落とす作品なのに対し、これは妖怪を利用して誰かを懲らしめる、というような話。短編集。毎話必殺仕事人みたいな人が出てくる様は、水戸黄門を彷彿とさせます。これはミステリというよりも、時代小説ですね。ただ、京極堂シリーズに慣れると、いまいち物足りないかも。

 



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