序論 ――メフィスト賞の基礎知識
メフィスト賞が何たるかを説明しないことには、連載が成り立ちません。そこで連載を始めるにあたって、まずはメフィスト賞の基礎知識を整理しましょう。
1.メフィスト賞とは
メフィスト賞とは、講談社が主催する作家のための新人賞です。しかし巷の新人賞とは一味違う特徴が二つあります。
一つは、作品の選考が全て「メフィスト」という雑誌の編集者によって行われ、一時選考などの段階選抜が存在しないこと。これはつまり、ある作品が賞に選ばれるかどうかは純粋に編集部の人の意向で決められるということです。一般の作家新人賞は、しばしば複数の選考を経て決定されるために、ときに無難で類型的な作品が賞に選ばれる傾向があります。「多数の人の意向を反映すればするほど選ばれるものは中立的になる」とは中位投票者の定理にも明らかなとおりです。え、中位投票者定理って何かって? それはね、公共経済学ないし財政学の用語でね (以下2段落省略) つまりはキワモノでない、左にも右にもよってない一番無難なものが選ばれてしまう、という定理です。多くの人の意見が反映されればそれだけ中立的になるとは、まあ民主主義の社会ではごく当たり前の結論でもあるわけで。
その点メフィスト賞では、雑誌の編集部の人が面白いと思った作品が、即「本」として出版されるわけで、万人受けしないかもしれないけど一部には受けるんじゃないかなーという作品、ちょっと規範から逸脱した作品なども選ばれやすくなるわけです。段階選抜もないので、編集者の目に留まれば即OKというのも、新人賞が取れやすいという投稿者側のメリットもあります。他方、編集者の嗜好が偏っていた場合キワモノばかり選ばれる可能性も否定できないわけですが。
メフィスト賞もう一つの特徴は、期限・分量・さらにジャンルを一切問わないことです(分量については、350枚以上という下限はあるが、上限はない)。メフィスト賞では既存の枠に囚われないエンターテインメント性を持つ作品が選考対象となっているため、極端を言えば面白ければ何でもいい、という新人賞なのです。他の新人賞に比べて型破りなのがお分かり頂けるでしょうか。ただし、これも既存の枠を超えた新しい作品を輩出する可能性を含む一方、ただのキワモノかもしれない作品が誕生する危険性も含むわけです。
以上の二つが大きな特徴ですが、ちょっと細かい話をすれば、メフィスト賞ではまず賞金がありません。その代わり、選ばれた作品は必ず出版される上、その作品を含む3作品を無条件で出版する約束を結ぶことが出来ます。勿論印税は作者のものですから、完全に作者の腕次第というわけですね。それも一発型でないタイプを求むという編集部の意向でしょうか。
このように、メフィスト賞とはそれまでの新人賞とはちょーっと違う、しかもある意味新人にとって敷居の低い(?)賞であるわけです。
2.メフィスト賞の起源
このようなメフィスト賞ですが、それではどうしてこんな賞が生まれたのでしょうか。それは一つに京極夏彦の存在があったようです。
当時新人作家デビューの道には、新人賞を獲る他に、原稿を直接出版社に持ち込んで評価してもらう、という力業の方法が存在しました。俗に言う持ち込み原稿です。確かに賞は数も限定されていますし、それに選ばれなくても良い作品はあるわけで、それを出版社に認めてもらえばデビューも可能でしょう。しかしながら出版社だって忙しく、さらに賞と違って四六時中しかも駄作が多く持ち込まれる可能性も高いわけで、出版社としては必ずしも持ち込み原稿の存在を高く評価してはいませんでした。講談社もまた然り。
ところがそんな講談社の思惑を引っ繰り返したのが他ならぬ京極夏彦。
当時無名だった京極夏彦は、あのデビュー作『姑獲鳥の夏』を引っさげて講談社に原稿を持ち込み、持ち込み原稿として出版、いきなり四十万部を超えるベストセラーを記録したのでした。四十万部ですよ四十万部。京極夏彦の驚異の活躍を契機にして、講談社は持ち込み原稿に対する認識を変えていきます。もしかして、賞は取れないけど面白い作品って、在野に結構埋まっているんじゃなかろうか?
そしてそうした編集部の認識の下に生まれたのがメフィスト賞なのです。
段階選抜もなく編集部の一存で賞が決定、しかも期限なし・分量制限なし・ジャンル制限なしの三拍子揃った特徴は、他ならぬ持ち込み原稿の出版形態と同じです。メフィスト賞とは、持ち込み原稿を一束にして選考する、新しい形態の新人賞なのです。
3.メフィスト賞の経歴
1995年に雑誌「メフィスト」上で募集を開始したメフィスト賞は、翌年森博嗣の『すべてがFになる』を皮切りに、2005年3月現在までに32作を受賞作として選出しています。以下それを列挙してみましょう。
第1回 森博嗣 『すべてがFになる』
第2回 清涼院流水 『コズミック 世紀末探偵神話』
第3回 蘇部健一 『六枚のとんかつ』
第4回 乾くるみ 『Jの神話』
第5回 浦賀和宏 『記憶の果て THE END OF MEMORY』
第6回 積木鏡介 『歪んだ創世記』
第7回 新堂冬樹 『血塗られた神話』
第8回 浅暮三文 『ダブ(エ)ストン街道』
第9回 高田祟史 『QED 百人一首の呪い』
第10回 中島望 『Kの流儀 フルコンタクト・ゲーム』
第11回 高里椎奈 『銀の檻を溶かして 薬屋探偵妖綺談』
第12回 霧舎巧 『ドッペルゲンガー宮 ≪開かずの扉研究会≫流氷館へ』
第13回 殊能将之 『ハサミ男』
第14回 古処誠二 『UNKNOWN』
第15回 氷川透 『真っ暗な夜明け』
第16回 黒田研二 『ウェディングドレス』
第17回 古泉迦十 『火蛾』
第18回 石崎幸二 『日曜日の沈黙』
第19回 舞城王太郎 『煙か土か食い物 Smoke,Soil or Sacrifices』
第20回 秋月涼介 『月長石の魔犬』
第21回 佐藤友哉 『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』
第22回 津村巧 『DOOMSDAY ―審判の夜―』
第23回 西尾維新 『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言使い』
第24回 北山猛邦 『クロック城殺人事件』
第25回 日森恩 『それでも、警官は微笑う』
第26回 石黒耀 『死都日本』
第27回 生垣真太郎 『フレームアウト』
第28回 関田涙 『蜜の森の凍える女神』
第29回 小路幸也 『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-townfiction』
第30回 矢野龍王 『極限推理コロシアム』
第31回 辻村深月 『冷たい校舎の時は止まる
第32回 真梨幸子 『孤虫症』
最新で32回を数えるメフィスト賞の、全体的な傾向について簡単に触れてみますと。
まずジャンルその他を拘らない結果か、ミステリSFホラー純文学と選り取り見取りの賞になっています。
次に言えるのは、この賞を知らない方の場合、少なくとも5人は名前の読み方を間違えるだろう、ということですね。
さらに、賞の性格が見事に反映されて、良くも悪くもキワモノ揃い、という評価がしばしばなされております。
4.まとめ
これから32回分の受賞作品を読むとなると正直ため息が出てきたりしますが、まあそこは自業自得ということで、やってみましょう。次回からは1作ずつ取り上げて、その作品の紹介と、ワンポイント命題を取り上げて、それについて僕の意見を述べてみたいと思います。また、その作品を読んでいる段階での、僕のメフィスト賞ランキングを開催したいとも思います。毎回ランキングは更新されるので、順位の変動は著しく激しいものになるかな?
ところでメフィスト賞の生みの親である京極夏彦さんの存在を無視することは、やはり失礼にあたるでしょう。そこで、次回はまず 第0回 京極夏彦 『姑獲鳥の夏』 ということで行きたいと思います。この連載、終わるのかどうか果てしなく不安ですが、何卒よろしゅうお願いします(ぺこ)。